宇都宮地方裁判所 昭和41年(ワ)464号 判決 1968年9月30日
原告
角田ミイ
被告
渡辺洋一
ほか一名
主文
一、被告等は連帯して原告に対し、金六六二、一四〇円と、これに対する昭和四一年一二月三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は全部被告等の負担とする。
四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
(請求の趣旨およびこれに対する答弁)
原告訴訟代理人は、「被告等は連帯して原告に対し、金六七〇、一四〇円、およびこれに対する昭和四一年一二月三日(訴状送達の翌日)より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、
被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
(請求原因)
一、被告渡辺章一は第二種原動機付自転車五五cc(宇都宮市第九八六九号)を所有している者であり、被告渡辺洋一は右被告の子である。
二、被告洋一(当時未成年者)は、昭和四一年四月二九日午後五時三〇分ごろ、右自転車を運転し、宇都宮市川向町三五二五番地先国鉄宇都宮駅前道路を南進して左折した際、偶々該路上を横断歩行中の原告に右自転車の左前部を激突させ、同人をその場に転倒させ、よつて同人に対し、頭部外傷並びに左前腕両下肢挫傷の傷害を与えた。
三、右事故は、被告洋一のわきみ運転による前方不注視が原因であり、それは全く同人の過失によつて惹起されたものであるから、同被告は民法第七〇九条の不法行為者として、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する責任がある。
四、被告章一は、自己所有の本件自転車について、所有者としての保管管理の注意義務があることは勿論、被告洋一に右自転車の使用を許す場合にも、他人に対して危害を与えないよう親権者として十分監督すべき注意義務があるのに拘らず、漫然本件自転車を被告洋一に運転使用せしめ、同人に対する親権者としての監督義務を果さなかつた過失により、本件事故が発生するに至つたものであるから、被告章一は、本件自転車の所有者としての管理上の過失、及び被告洋一の親権者としての監督上の過失により原告に損害を生じさせた者として、民法第七一五条又は第七〇九条に則り、原告が右事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。
五、右事故によつて原告が蒙つた損害は次のとおりである。
(1) 入院費 金一、〇三〇円
(2) 部屋代 金三五、八〇〇円
(3) 診断書三通代 金九〇〇円
(4) 氷代 金九、四〇〇円
(5) 附添費 金二九、三三〇円
(原告が入院中、原告の母矢野目サクが昭和四一年五月六日から同年一〇月一〇日まで附添に要した費用)。
(6) 栄養補給費 金一八、六八〇円
(原告が入院中、栄養補給のために摂取した牛乳、ヨーグルト、さしみ等の代金)
(7) 休業補償費 金一七五、〇〇〇円
(原告は本件事故当時、双葉ランジエリー工業有限会社に勤務し、日給五〇〇円を得ていたが、本件事故のため昭和四一年四月三〇日から欠勤し、その後の給与を受けていない。而して原告の一ケ月間の可働日数は平均二五日であるから、昭和四二年六月末日までの欠勤による得べかりし利益の喪失は、五〇〇×二五×一四=一七五、〇〇〇円となる)。
(8) 慰藉料 金四〇〇、〇〇〇円
(原告は、事故直後、宇都宮市石町の石川病院で診療を受け、前記の如く頭部外傷、左前腕並びに両下肢挫傷と診断されたのであるが、昭和四一年五月三日に同病院で脳波測定をしてもらつた結果、入院して安静加療を要する旨申渡され、同月六日に入院し、更に同年七月三〇日の診断では向後二ケ月の安静加療を要する旨申渡され、同年一一月一三日に退院したが、その後も頭痛がして通院している。原告は本件事故の数ケ月前に角田秀夫と結婚したのであるが、本件事故による傷害のため従来の健康な体が甚しく損われ、妊娠三ケ月半の胎児も中絶のやむなきに至り、殊に頭部傷害による後遺症の不安にかられ、夫婦の共同生活にも重大な支障を来し、原告の精神的打撃は筆舌に尽し得ないものがある。然るに被告等は、本件事故発生以来自分等の立場を言いつくろうのみで、少しも誠意ある態度を示さない。以上の事情に鑑みれば、原告の慰藉料は金四〇〇、〇〇〇円をもつて相当する)。
六、よつて、原告は被告等に対し、右合計金六七〇、一四〇円と、これに対する昭和四一年一二月三日(訴状送達の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、連帯して支払を求める。
(請求原因に対する答弁および被告等の主張)
請求原因第一項の事実は認める。第二項中、原告主張の日時場所において被告洋一が原告主張の自転車を運転中に原告と衝突し、原告が負傷したこと、右事故当時被告洋一が未成年者であつたことは認めるが、その余は争う。第三項以下は争う。
原告は、被告章一に対して、本件事故につき民法第七一五条又は第七〇九条の責任がある旨主張するけれども、被告章一と被告洋一は親子ではあるが、使用者被用者の関係はなく、また本件自転車は被告章一の登録名義ではあるが、被告洋一が日常通勤に使用しているもので、被告章一の事業の執行とは何の関係もないから、被告章一について民法第七一五条を適用する余地はない。
なお、子の監督者としての責任について、民法は第七一四条の規定を設けているが、同条は子が責任無能力者である場合の規定であつて、子が責任能力ある場合に子と親が併存的に責任を負う旨を定めた規定はない。仮りに責任能力ある未成年者の監督者たる親について第七〇九条を適用する余地があるとしても、監督上の不注意と損害の発生との間には因果関係がなければならないわけであるが、被告洋一は正式の運転免許を得て本件自転車を自分の勤務先への通勤に使用しているものであるから、かような場合にまで、親に監督者としての注意義務があるとは言い得ない。
なお、被告章一は、原告の治療費の一部として、昭和四一年五月三日までに合計金八、〇〇〇円を支払つている。
(証拠) 〔略〕
理由
一、被告渡辺章一が本件第二種原動機付自転車五五CC(宇都宮市第九八六九号)を所有していること、被告渡辺洋一が同章一の子であること、被告洋一(当時未成年者)が昭和四一年四月二九日午後五時三〇分ごろ、右自転車を運転し、宇都宮市川向町三、五二五番地先国鉄宇都宮駅前道路を南進して左折した際、偶々該路上を横断歩行中の原告に右自転車の左前部を衝突させ、同人をその場に転倒させ、よつて同人に対し傷害を与えたことは当事者間に争いがない。
二、よつて、本件事故の態様とその原因について検討するに、〔証拠略〕を綜合すると、当時満一七才であつた被告洋一は、本件自転車に同僚を乗せ、駅前広場を北から南に向い時速約三五キロメートルで進行し、国鉄宇都宮駅の南出札口方面に左折しようとした際、前方約三二メートルの地点に駅に向つて歩いて来る原告の姿を認めたが、原告の後方を通過できるものと軽信して従前と同一速度で進行したところ、その時原告が被告車の接近に気付いて一時立止つたので、これを避けようとして急ぎブレーキをかけたが間に合わず、右第二種原動機付自転車の前部を原告に激突転倒させ、同人に対して頭部外傷、左前腕並びに両下肢挫傷の傷害を与えたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
三、被告洋一の責任
以上認定の事実から考えると、被告洋一は、国鉄宇都宮駅前の前記場所を第二種原動機付自転車に乗つて進行するにあたり、同所は駅から駅前広場へ出る直前の場所で、駅へ出入する人やバスに乗る人が常に通行する場所であるから、歩行者の安全に備えて徐行するなど万全の注意を以て運転すべきであるうえ、自車の進行前方約三二メートルの地点に駅に向つて歩いて来る原告を認めたのであるから、このような場合、歩行者である同人の動静に注意し、一旦停車するか又は少なくとも最徐行して同人に危害を及ぼさない措置をとるべき注意義務があるのに拘らず、前記の如く、漫然原告の後ろを通過できるものと考えて約三五キロの速度で進行したのであるから、被告洋一が右注意義務を怠つていたことは明らかであり、本件事故は専ら同被告の過失によつて生じたものと認めざるを得ない。而して被告洋一は当時満一七才であつたから、自分の行為の責任を弁識する知能を備えていたものというべく、従つて被告洋一は右事故によつて原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。
四、被告章一の責任
被告章一が被告洋一の親で且つ本件事故を起した第二種原動機付自転車の所有者であることは当事者間に争いがなく、そして被告洋一は本件事故を起した当時未成年者であるが責任能力を有していたものと認められることは前述のとおりである。
ところで、責任能力のある未成年者の監督義務者について民法第七一四条の適用がないことは疑いないが、その場合、監督義務者が同条の反対解釈の結果として全く責任を免れるものであるのか、又は一般の不法行為の原則に基いて損害賠償責任を負うものと解すべきであるかは、一つの問題である。もし監督義務者が民法第七一四条の反対解釈の結果として全く責任を免れるものと解すると、不法行為による損害を受けた者は、一方において、不法行為をなした責任能力のある未成年者が往々にして損害を賠償する資産能力を有しないことから、実質的に損害の賠償を受けることができず、他方において、監督義務を尽さない責任能力ある未成年者の監督義務者はその損害の賠償をする資産能力がありながらこれを免れることとなり、被害者は何れからも実質的に救済されないことになり、不法行為により損害を蒙つた者にその損害の賠償を得せしむべきであるとする民法の趣旨が生かされないことになる。思うに責任能力ある未成年者の監督義務者について、民法第七一四条の適用がないことから、直ちに監督義務者が同条の反対解釈の結果として全く責任を免れるものと解すべき根拠はなく、監督上の不注意と損害の発生との間に因果関係があるならば、責任能力ある未成年者の監督義務者も、一般の不法行為の原則に基いて損害賠償責任を負うものと解するのを相当と考える。結局民法第七一四条の反対解釈としては、不法行為について挙証責任の転換が認められなくなるだけであり、不法行為の被害者がその挙証責任さえ負担すれば、責任能力ある未成年者に対しても、又その監督義務者に対しても、共に一般の不法行為の原則に基いてその損害賠償を求めることができるものと解すべきである。
而うして、本件被告章一の責任について考えるに、同人は責任能力ある未成年者である被告洋一を監督すべき法律上の義務ある親権者であり、且つ本件事故を起した第二種原動機付自転車の所有者であることは前述のとおりであり、そして〔証拠略〕によれば、被告章一は本件自転車を時折使用することはあるが、殆んどこれを当時国鉄宇都宮駅に勤務していた被告洋一に通勤のために使用せしめ、自ら右自転車の所有者としての管理責任を果さなかつた事実が認められるだけでなく、元来第二種原動機付自転車は、それが安易に運転されるため、路上の歩行者等に対し危害を与えることが多く、世間一般の関心を高めていた情勢にあつた(ちなみに、本件事故当時は、未だこの種の自転車は自動車損害賠償保障法の対象とされていなかつたが、同年一〇月一日から同法の自動車の範囲に加えられた。)のであるから、法律上子の監督義務を負つている父親としては、かかる第二種原動機付自転車を被告洋一に使用せしめるに当つては、他入に対し危害を与えないよう十分監督すべき義務を負つているというべきであり、まして被告洋一自身が認めているように、同人は、自分の不注意のみによるものではないにしても、以前にも事故を起しているのであるから、父親たる被告章一は一層その注意監督義務をつくすべきであるにも拘らず、何らその注意監督義務を果していないことが窮われ、右認定に反する証拠はない。そうすると、本件事故の発生は、被被章一が本件自転車の所有者としての管理保管の注意義務を怠つていたこと、並びに被告洋一に右自転車を使用させるについて、他人に危害を与えないよう十分監督すべき注意義務を怠つていたことにも原因があることは明らかであり、右原因と本件事故の発生との間には因果関係があるというべきであるから、従つて被告章一も、同洋一と共に右事故によつて原告が蒙つた損害を賠償すべき責任を免れない。
五、原告が本件事故によつて蒙つた損害
〔証拠略〕によると、原告は右事故によつて前記の傷害を受け、当初は左程重傷とは思われなかつたが、同年五月三日に脳波の検査を受けたところ異常が発見され、直ちに入院加療を申渡されたので、同月六日に石川病院に入院し、その後同年一一月一三日まで同病院に入院して治療を受けたこと、および退院後も頭痛、頭重、眩暈等の症状を訴え、同病院に昭和四三年一月四日まで治療のため週に一、二回宛通院したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
而うして、〔証拠略〕を綜合すると、右の負傷の結果、原告は左記の物的並びに精神的損害を蒙つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 金六七、〇六〇円。(石川病院入院費、同部屋代、および原告の母矢野目サクが昭和四一年五月六日から同年一〇月一〇日まで附添つていた附添食事代、診断書料。)
(2) 金九、四〇〇円。(氷代)
(3) 金一八、六八〇円。(原告が入院中、食事が進まないので栄養補給のため摂取した牛乳、ヨーグルト、さしみ等の代金)
(4) 金一七五、〇〇〇円(原告は本件事故発生当日まで、日給五〇〇円で宇都宮市簗瀬町所在の双葉ランジエリー工業有限会社に雇われ、月平均二五日勤務していたが、本件事故のため勤務することができなくなり、右の収入を失つたので、昭和四一年五月から同四二年六月まで一四ケ月間に右の割合で得べかりし利益)
(5) 金四〇〇、〇〇〇円。(原告が前記傷害を受けたことによつて精神上の苦痛を蒙つたことは多言を要しないが、前記傷害の部位程度と、この治療のために原告が六ケ月以上も入院し、退院後も経過が思わしくなく、頭痛、眩暈などのため一年余も週に一、二回づつ通院加療をしていたこと、本件事故当時原告は二四才で結婚後間もなくの出来事であり、当時原告は妊娠三ケ月半であつたが、事故による傷害の治療のためと奇形児出生の危惧から医師の奨めにより妊娠中絶の已むなきに至つたうえ、現在もなお原告は元通りに回復せず、夫婦生活にも日常の生活にも支障を来していること、などの諸事情を綜合すると、原告の精神上の苦痛に対する慰藉料は金四〇〇、〇〇〇円が相当であると考えられる。
六、そうすると、被告両名は連帯して原告に対し、原告が本件事故によつて蒙つた右第五項記載の合計金六七〇、一四〇円を支払う義務あるところ、〔証拠略〕によると、被告章一は本件事故後、原告の治療費の一部として合計金八、〇〇〇円を支出したことが認められるから、これを参酌控除した金六六二、一四〇円と、これに対する昭和四一年一二月三日(訴状送達の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
よつて、右の限度において原告の請求を認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第二項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢三千雄)